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legal 2026.04.12 約10分

【タイ契約書実務】タイで契約書を作るとき、まず知るべき基本ルール|言語・準拠法・成立要件【連載第1回】

タイで契約書を作成・レビューするときに最初に押さえておきたい基本ルールを整理します。言語要件・準拠法・印紙税・契約解釈まで、日本法との違いを踏まえて解説します。

タイの取引先と契約書を取り交わすとき、「日本と同じ感覚で進めてよいのか」と戸惑う日系中小企業の方は少なくありません。タイの契約法は日本の民法と似た大陸法系ですが、言語・準拠法・印紙税・契約解釈の場面で実務上の差が表面化します。本シリーズ「タイ契約書実務」は、タイで契約書を扱う日系企業が押さえておきたい基本論点を全6回にわたって整理するものです。第1回はその導入として、タイ契約法の全体像と「まず知っておきたい基本ルール」を紹介します。


シリーズ全6回の見取り図

本シリーズでは以下のテーマを順に取り上げます。

テーマ
第1回(本記事)契約書の基本ルール — 言語・準拠法・成立要件
第2回売買・取引基本契約 — Sale/Distribution Agreementの注意点
第3回雇用契約・業務委託契約 — 雇用と業務委託の線引き
第4回賃貸借・リース契約 — 工場・オフィス・土地と30年ルール
第5回裁判管轄・仲裁条項 — タイ裁判所 vs 国際仲裁
第6回電子契約・デジタル署名 — 電子取引法と電子印紙税

タイ民商法典と日本民法の関係

タイの契約法は、主に民商法典(Civil and Commercial Code, CCC)に規定されています。Book II第354条以下が契約の一般規定(成立・解釈・履行)、Book III第453条以下が売買・リース・保証・委任などの典型契約を定めています。タイ民商法典は1925年に制定された際、日本民法やフランス・ドイツの大陸法の影響を受けたといわれており、条文の構造や基本概念は日本の実務家にとっても馴染みやすいものです。

もっとも、「似ているからそのまま日本流で進めてよい」とまでは言えません。書面要件や印紙税、契約解釈の運用面で、日本とは異なる勘所が存在します。日本のやり方をそのまま持ち込むのではなく、タイ法の土俵で見直す姿勢が安全でしょう。


契約の成立要件 — 口頭でも有効?書面が必要なケースは?

民商法典第354条以下は、契約は申込(offer)と承諾(acceptance)の合致によって成立すると定めています。原則として口頭契約も有効であり、この点は日本と同様です。

ただし、以下の契約類型については、書面作成や登記がなければ有効に成立しない(あるいは第三者対抗できない)と整理されています。

  • 不動産の売買・贈与(登記が必要)
  • 3年を超える不動産リース(登記が必要、登記のないものは3年までの効力に制限)
  • 保証契約(書面がなければ執行できない)
  • 一定の質権設定・抵当権設定契約

日本法との違いとして、タイ法は契約の「確実性(certainty)」を重視し、本質的条件(対価・給付内容・期間など)について明確な合意がない場合は契約が成立していないと判断されやすい傾向があります。日本法では曖昧な部分を任意規定で補う発想が強いのに対して、タイでは条文で明示的に合意しておくことの重要性が高い、と理解しておくのが無難でしょう。


言語問題 — タイ語で作らないとダメ?

日系企業から最もよく受ける質問の一つが「契約書はタイ語で作らないといけないのか」という点です。結論としては、契約書をタイ語で作成しなければならないという法的義務はタイ法にはありません。英語・日本語・タイ語いずれの言語でも契約は有効に成立します。

一方で、実務上は次の3点に注意しておきたいところです。

  1. 裁判所に提出する際のタイ語翻訳義務:タイの裁判所に契約書を証拠として提出するには、タイ語訳を添付する必要があります。外国語のみの契約書では裁判所で直ちに扱ってもらえません。
  2. 複数言語版の優先順位:英語版とタイ語版の両方を作成した場合、解釈に食い違いが生じた際にタイ語版が優先される可能性があります。これを避けるために、「本契約の解釈は英語版を基準とする」という主導言語条項(governing language clause)を明記しておくのが一般的です。
  3. 日本語のみの契約書:日本本社とタイ法人の社内利用にとどまる場合は日本語でも構いませんが、タイ側の取引相手に対して日本語版のみを渡すのは避けるべきです。相手方が内容を正確に理解していなかったと主張される余地を残してしまいます。

実務上の一つの目安として、英語版を正本、タイ語版を翻訳、日本語版を社内参考用と位置づけるのが扱いやすい構成です。


準拠法の選択 — 日本法を選べるか?

タイは契約自由の原則を採用しており、国際私法(Conflict of Laws Act B.E. 2481 / 1938年)に基づき、当事者が合意した外国法(日本法など)を準拠法として選択することが認められています。この点は日本の「法の適用に関する通則法」と同様の発想です。もっとも「制度上選べる」ことと「自社にとって最適な選択か」は別問題であり、場面ごとに論点が変わってきます。

実務でよく見られるパターン

日系中小企業の契約書を拝見していると、「準拠法を戦略的に選んでいるケース」は意外に多くありません。本社法務部が日本法ベースの契約テンプレートを長年使っているためなんとなく日本法になっているケース、逆にタイ側の弁護士にドラフトを任せた結果としてタイ法が選ばれているケースなど、実態としては「交渉力のある側、ドラフトを握った側の法律」に落ち着いていることが多いように感じます。

ここで見落とされがちなのが、タイ国内で履行される契約については、準拠法を日本法にしてもタイの強行法規を排除できないという点です。結果として「準拠法は日本法と書いてあるが、労働・不動産・消費者保護などの重要部分は結局タイ法で判断される」という中途半端な状態になりかねません。自社の契約書が同様の状態になっていないか、一度振り返ってみる価値はあるかもしれません。

場面別に検討される準拠法の目安

以下は、実務でよく検討される準拠法の組み合わせの一例です。特定の推奨ではなく、「こうした観点から議論されることが多い」という目安としてご覧ください。

契約の種類検討されることが多い準拠法検討の背景
タイ法人間の売買・取引基本契約タイ法タイ国内で履行され、紛争もタイで解決する可能性が高い
タイ法人の雇用契約タイ法(強行法規により事実上必須)労働者保護法は準拠法選択で排除できない
工場・オフィスのリースタイ法(強行法規により事実上必須)タイ国内の不動産に関する法令が強制適用
日本本社・タイ子会社間のライセンス契約日本法、英国法などIPのライセンス元の法を選ぶケースがある
日本本社とタイ取引先の国際売買契約英国法、シンガポール法など中立的な第三国法が選ばれることがある(※タイはCISG未締約のため、CISGの自動適用は問題にならない)
合弁契約(SHA)タイ法、英国法などタイ民商法典の会社法規定との整合性が論点になる

いずれの場合も、自社の取引内容・相手方との関係・想定される紛争解決手段を踏まえて、弁護士と相談のうえで決定することをお勧めします。

準拠法と紛争解決はセットで設計する

準拠法条項は、紛争解決条項(裁判管轄・仲裁合意)とセットで考えないと機能しません。実務でよく見る組み合わせは次のようなものです。

  • タイ法 × タイ仲裁(THAC):タイ国内取引の標準的な組み合わせ
  • 英国法 × シンガポール仲裁(SIAC):国際取引で中立性を重視する場面で選ばれることが多い
  • 日本法 × 日本仲裁(JCAA):日本側の交渉力が強く、紛争を日本で処理したい場面で選ばれることがある

一方で、「日本法 ×タイの裁判所」という組み合わせは実務上おすすめしにくいと言われます。タイの裁判所で日本法を適用してもらうには、原告側が日本法の条文・内容を証明する必要があるためです。証明は通常、日本の弁護士や法律専門家の意見書をタイ語翻訳付きで提出する方法によりますが、作成・翻訳費用として数十万〜百万円単位の追加コストがかかることも珍しくありません(あくまで一般的な目安です)。しかも証明が不十分と判断されれば、タイの裁判所はタイ法を適用します。つまり、せっかく日本法を選んでも「立証できずにタイ法適用」となるリスクが残ります。

これに対し、仲裁(特に国際仲裁)では、仲裁廷が外国法を柔軟に受け入れる傾向があり、立証のハードルも裁判所ほど厳格ではないとされています。なお、タイ・日本ともにニューヨーク条約(外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約)の締約国であり、一方の国で下された仲裁判断を他方の国で執行する際の基礎は整っている点も、設計の前提として押さえておきたいポイントです。

強行法規は準拠法選択で排除できない

どの準拠法を選んでも、タイ国内の取引に適用される以下のような強行法規は原則として排除できません。

  • 労働者保護法(Labor Protection Act):タイ国内の雇用契約に強制適用
  • 不動産関連法令:タイ国内の土地・建物に関する契約に強制適用
  • 消費者保護法:B2C取引における消費者保護規定が強制適用
  • 外国人事業法(Foreign Business Act):タイ国内事業の業種規制

「準拠法を日本法にしたから安心」と考えていても、これらの強行法規は独立して適用されます。この点を踏まえないと、準拠法条項が想定していた機能を果たさない恐れがあります。

まとめ — どの準拠法が最適かは案件ごとに異なる

準拠法の選択は、契約の種類・履行地・想定される紛争解決手段によって最適解が変わります。特に初めてタイで契約書を取り交わす場合は、ドラフト段階でタイ法に精通した弁護士にご相談いただくのが安全です。準拠法×紛争解決のセット設計の詳細は、本シリーズ第5回(裁判管轄・仲裁条項)で改めて整理する予定です。


印紙税 — 貼り忘れると「裁判で使えない」契約書に

日本の契約実務から見たときに最も注意したいのが印紙税(stamp duty)の扱いです。タイでは歳入法(Revenue Code)第6編第2編に基づき、リース契約・雇用契約・請負契約・委任状・保証契約など一定の文書について印紙税の納付が義務付けられています。

項目タイ日本
対象文書リース・雇用・請負・保証等課税文書として別途列挙
納付期限国内作成:15日以内 / 国外作成:30日以内作成時
未納のペナルティ本税の2〜5倍の追徴過怠税(3倍まで)
未納の契約書の証拠能力裁判所で証拠として認められない契約の有効性には影響しない

特に重要なのは最後の行です。日本の印紙税法では印紙を貼り忘れても契約自体の有効性には影響しませんが、タイの歳入法のもとでは、印紙税が適切に納付されていない契約書はタイの裁判所で証拠として提出できないと整理されています。つまり「契約は有効なのに、紛争になったときに自分の手元の契約書を証拠として使えない」という事態が起こりえます。この点は、日本法の感覚との大きな違いとして、最初に意識しておきたいポイントです。


契約解釈の原則 — 「真意」と「誠実」

民商法典第171条は、「法律行為の解釈にあたっては、文言の字義にとらわれず、当事者の真意(real intention)を探求しなければならない」と定めています。また第368条は「契約は誠実(good faith)に、取引慣行に従って履行されなければならない」と規定しており、日本民法の信義則(第1条第2項)に近い条文です。

実務上、タイの裁判所は字面の解釈よりも当事者の真意や合理的な商慣習を重視する傾向があるとされます。これは日本法の考え方と方向性として近いものですが、前述のとおりタイ法は「確実性」の要件もあわせて重視するため、「真意は合意していた」と抽象的に主張するだけでは足りず、本質的条件を書面にどう落とし込んでおくかがより重要になると整理しておくのがよいかもしれません。

また、B2C(消費者)契約を中心に、不公正な契約条件法(Unfair Contract Terms Act B.E. 2540)により、経済的優位を利用した不公正な条項が無効化される可能性があります。B2B契約への適用可能性については学説上の議論もあり、中小企業間の取引でも一方的に過酷な条項は無効とされるリスクがゼロではない、という点は頭の隅に置いておきたい論点です。


まとめ — 「日本と同じ」と思わない

第1回として、タイ契約法の基本ルールを次のようにまとめておきます。

  • 民商法典は日本民法と似ているが、書面要件・印紙税・契約解釈の運用で実務差がある
  • 契約書の言語はタイ語でなくてもよいが、主導言語条項を必ず入れる
  • 日本法を準拠法に選ぶことは可能だが、立証負担を踏まえると常に最適とは限らない
  • 印紙税未納は「裁判所で証拠として使えない」ことに直結する
  • 契約解釈では真意と誠実が重視されるが、本質的条件の明示的合意が前提

次回予告

第2回では、日系企業が最も多く締結する売買契約・取引基本契約(Sale/Distribution Agreement)について、タイ特有の論点(所有権移転時期、代金支払条件、品質保証、解除条項など)を、日本企業が見落としがちなポイントとあわせて整理します。


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タイでの契約書作成・レビューについて、日本法・タイ法の両面からご相談に応じています。タイ法固有の論点は提携先JTJB International Lawyersのタイ人弁護士と連携して対応いたしますので、お気軽にお問い合わせください。


本記事はタイの法制度に関する一般的な情報提供を目的としており、タイ法に基づく法的助言を構成するものではありません。具体的な案件については、タイの弁護士資格を有する専門家にご相談ください。当事務所では提携先JTJBのタイ人弁護士と連携して対応いたします。

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