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legal 2026.04.16 約14分

【タイ契約書実務】雇用契約と業務委託契約、タイで何が違う? ― 分類判定・必須条項・誤分類リスク【連載第3回】

タイで人を雇う・業務を委託する際の法的区別を整理します。民商法典の雇用と請負の区別、労働保護法の適用範囲、119日試用期間ルール、競業避止・秘密保持・IP帰属条項の有効性、誤分類リスクまで、日本法との対比を交えて解説します。

タイで現地法人を運営する日系中小企業にとって、「雇用契約と業務委託契約(コンサルタント契約)をどう使い分けるか」は避けて通れない実務論点です。「Consultant名義で契約したから労働法の対象外」と考えている方もいらっしゃるかもしれませんが、タイの労働裁判所は契約書の名称ではなく実質的な関係を見て判断します。分類を誤れば、退職金の遡及支払いや社会保障料の追徴、さらには刑事罰のリスクまで生じ得ます。

本連載「タイ契約書実務」の第3回では、雇用と業務委託の法的区別、分類の違いがもたらす帰結、雇用契約の必須条項と重要条項、業務委託契約の設計ポイント、そして誤分類のリスクと予防策を整理します。第1回(契約書の基本ルール)第2回(売買・代理店契約)もあわせてご覧ください。


「雇用」と「業務委託」はタイ法でどう区別されるか

民商法典の二つの契約類型

タイの民商法典(Civil and Commercial Code, CCC)は、人に働いてもらう契約を二つの類型に分けています。

  • 役務の雇用(จ้างแรงงาน / Hire of Services):第575〜586条。被用者が使用者の指揮監督のもとで役務を提供し、使用者が報酬を支払う契約です。
  • 仕事の雇用(จ้างทำของ / Hire of Work):第587〜607条。請負人が仕事の完成を約し、注文者が報酬を支払う契約です。請負人は自らの方法で仕事を遂行します。

さらに、労働保護法(Labor Protection Act, LPA)B.E. 2541(1998年)の第5条は、「雇用者(นายจ้าง)」を「被雇用者を雇い入れて賃金を支払うことを合意した者」、「被雇用者(ลูกจ้าง)」を「賃金と引き換えに雇用者のために働くことを合意した者(名称の如何を問わない)」と定義しています。この「名称の如何を問わない」という文言が、タイ法における実質優先原則の根拠の一つです。

日本法との対比でいえば、日本でも「労働者性」は契約書の名称ではなく実態(指揮監督関係・報酬の労務対償性など)で判断されますが、タイも同様のアプローチを採っています。

タイ裁判所の判定要素

タイには単一の法定テスト(判定基準)があるわけではなく、労働裁判所・税務当局は以下の要因を総合的に評価します。

#判定要素雇用を示唆業務委託を示唆
1報酬の支払方式(最重要)定期的支払(月給・日給・時給)一括払い・マイルストーン払い
2支配・監督の程度業務の方法・時間・場所を発注者が指示受注者が自ら決定
3業務の統合度会社の事業に不可欠な業務プロジェクト単位の独立業務
4経済的依存度当該会社からの収入に依存複数顧客からの独立収入あり
5固定勤務時間・出勤要件ありなし
6工具・機器の提供者会社が提供受注者が自前で用意
7リスク負担会社が負担受注者が負担
8業務の委任可否本人が行う必要あり第三者への委任が可能

特に報酬の支払方式は、タイの実務で最も重視される要素とされています。月給制で支払っている以上、契約書に “Consultant Agreement” と書いてあっても雇用と認定されるリスクは高いといえます。


分類の違いがもたらす帰結

雇用か業務委託かの分類は、労働法・社会保障・税務・知的財産・BOI比率に広く影響します。

項目雇用(Hire of Services)業務委託(Hire of Work)
法的根拠民商法典575〜586条+労働保護法民商法典587〜607条
労働保護法の給付適用あり(最低賃金・超過勤務手当・有給休暇・退職金等)適用なし
社会保障(SSO)強制加入(2026年1月〜:賃金上限17,500バーツ/月、雇用者・従業員それぞれ5%拠出)適用なし(任意加入は可)
労災補償基金(WCF)雇用者が拠出(年間総賃金の0.2〜6.0%)適用なし
源泉徴収PND.1(歳入法第40条(1))PND.3(歳入法第40条(8)等)
著作権の帰属(デフォルト)従業員(著作権法第9条)注文者(著作権法第10条)
特許権の帰属(デフォルト)雇用者(特許法第12条)注文者(特許法第12条)
BOIタイ人比率カウント対象対象外
退職金(LPA第118条)勤続120日以上で発生発生しない
誤分類時の罰則最大6か月懲役+10万バーツ以下罰金

社会保障については、2026年1月から賃金上限が従来の15,000バーツから17,500バーツ/月に引き上げられました(雇用者・従業員それぞれ最大875バーツ/月)。今後も段階的に引き上げられる予定で、2029〜2031年は20,000バーツ、2032年以降は23,000バーツが計画されています。

BOI奨励企業においては、タイ人従業員の定義は「正社員で社会保障基金(SSO)に加入・拠出している者」とされており、独立契約者やパートタイムはカウントされません。


雇用契約 ― 書面に入れるべき法定・必須事項

タイ法上、雇用契約は口頭でも成立しますが、書面での締結が強く推奨されます。

就業規則の法定記載事項(Section 108)

従業員10名以上の事業所では、労働保護法第108条に基づき、以下の事項を含む就業規則(Work Rules)をタイ語で作成・掲示する法定義務があります。

  1. 勤務日・通常勤務時間・休憩時間
  2. 祝日・祝日判定基準
  3. 超過勤務・祝日勤務の基準
  4. 賃金・超過勤務手当・祝日手当の支払い日・場所
  5. 有給休暇・取得基準
  6. 懲罰・懲戒処分
  7. 苦情申し立て手続
  8. 雇用終了・補償・特別補償

就業規則は改定後7日以内に公告し、従業員が容易に確認できる場所に掲示しなければなりません。就業規則の整備の実務については、解雇シリーズ第5回で詳しく解説しています。

実務上推奨される契約記載事項

法定義務としての就業規則に加え、個別の雇用契約書には以下の事項を明記しておくことが実務上推奨されます。

  • 役職・業務内容
  • 賃金額・支払方法・支払日(賃金はタイ通貨で支払うのが原則)
  • 通常勤務時間(非有害業務:1日8時間/週48時間以内、有害業務:1日7時間/週42時間以内)
  • 勤務地
  • 契約期間(有期・無期の別)
  • 試用期間の有無・期間

試用期間の「119日ルール」 ― 正しい理解

日系企業の間で広く知られている「試用期間119日」の運用について、正確に理解しておく必要があります。

タイ法には試用期間の法定上限がありません。 119日という数字は、退職金の支払い義務が発生する分岐点から逆算されたものです。

  • 勤続119日以下で雇用終了 → 退職金の支払い義務なし
  • 勤続120日以上で雇用終了 → 労働保護法第118条により30日分以上の退職金支払い義務が発生

退職金の計算方法の詳細は解雇シリーズ第2回で解説しています。

ただし、以下の点に注意が必要です。

  • 試用期間中であっても、恣意的な解雇は許されません。 解雇には合理的な理由が求められます。解雇の全体像は解雇シリーズ第1回をご覧ください。
  • 試用期間は雇用契約書に明示的に記載する必要があります。口頭での合意のみでは紛争時に証明が困難です。
  • 試用期間中であっても労働保護法の規定(最低賃金・勤務時間・休日等)は全面的に適用されます。

雇用契約に入れるべき実務上の重要条項

競業避止条項(Non-Compete)

タイ法上、競業避止条項は公正かつ合理的である限り有効です。労働保護法第14/1条は、雇用契約・就業規則の条件が被雇用者を不当に搾取するものである場合、裁判所に修正・無効化の権限を認めています。また、不公正契約条件法(B.E. 2540)も過度に一方的な条項を無効とし得ます。

裁判所が合理性を判断する際に考慮する要素は以下のとおりです。

  • 期間:1〜2年程度が有効と判断されやすい
  • 地理的範囲:サプライヤーが実際に事業を行う地域に限定されていること
  • 制限される業務の性質:限定的であること
  • 対価(補償):競業避止期間中の補償の提供が望ましい(わずかな補償は「補償なし」と同視されるリスクがあります)
  • 従業員の生計への影響:全ての職業活動を絶対的に禁止する条項は無効

競業避止条項の違反が争われる場合の紛争解決手段(タイ裁判所 vs 国際仲裁)については、本シリーズ第5回で詳しく扱う予定です。

秘密保持条項(NDA)

秘密保持条項の執行可能性は、営業秘密法(Trade Secrets Act, B.E. 2545)に大きく依存します。同法が保護する「営業秘密」の要件は以下の3点です。

  1. 一般に公知でないこと
  2. 商業的価値があること
  3. 秘密保持のための適切な措置が講じられていること

3つ目の要件が実務上のハードルとなります。具体的には、営業秘密の特定、「need-to-know」ベースでのアクセス制限、文書への機密標示(Confidential等のマーク)、コンピュータセキュリティなどの措置を講じていることが求められます。単に契約書に秘密保持条項を入れるだけでは足りず、会社として日常的に秘密管理体制を整備しているかどうかが問われる点は、日本の営業秘密(不正競争防止法)の秘密管理性要件と共通しています。

知的財産の帰属

知的財産の帰属ルールは、雇用と業務委託で大きく異なります。

著作権(著作権法 B.E. 2537)

  • 第9条(雇用の場合):雇用過程で創作された著作物の著作権は、原則として従業員(著作者)に帰属します。雇用者は雇用目的の範囲で公開・利用する権利を有しますが、著作権そのものは従業員のものです。ただし、書面で別段の合意がある場合は雇用者に帰属させることができます。
  • 第10条(業務委託の場合):委託業務で創作された著作物の著作権は、原則として注文者に帰属します。

この帰属ルールは日本法と逆転している点に注意が必要です。日本の著作権法では、「職務著作」の要件を満たせば法人が著作者となりますが(第15条)、タイでは雇用過程の著作物であっても原則は従業員帰属です。日系企業が社内で開発したソフトウェア・デザイン・マニュアル等の著作権を確実に取得するためには、雇用契約に明示的な譲渡条項を入れることが不可欠です。

特許権(特許法 B.E. 2522)

  • 第12条:雇用中または委託業務中になされた発明の特許出願権は、原則として雇用者/注文者に帰属します。契約で別段の定めがある場合はそれに従います。

特許権については雇用者帰属がデフォルトですが、著作権との混同を避けるためにも、契約書で明確にしておくことが推奨されます。


業務委託契約の設計 ―「独立性」を担保するために

業務委託契約(Independent Contractor Agreement / Service Agreement)を設計する際、最も重要なのは「独立性」が契約書上も実態上も明確であることです。以下のチェックリストを参考にしてください。

#チェック項目設計のポイント
1業務範囲(Scope of Services)具体的なプロジェクト・成果物を特定する
2納品物(Deliverables)成果物ベースで定義する
3支払条件月給を避け、マイルストーン払い・完成時払いに
4契約期間・更新自動更新の連続は雇用認定リスクを高める
5従業員給付の否定条項SSO・有給・超過勤務手当等の対象外であることを明示
6IP帰属著作権法第10条・特許法第12条のデフォルトを確認し、必要に応じて明記
7秘密保持営業秘密法の3要件を意識した設計
8独立性の明示契約者が自らの時間・方法で業務を行うことを明記
9税務責任契約者自身の税務申告・納付義務を明示、PND.3源泉徴収の有無
10責任制限・補償瑕疵担保期間(民商法典上、一般は1年・構造物は5年)
11契約終了終了条件・事前通知期間を明確に

取締役サービス契約との使い分け

タイの非公開会社において、取締役(กรรมการ)は株主総会で選任される会社法上の地位です。取締役報酬は歳入法第40条(2)の「職位による所得」に該当し、PND.3で源泉徴収されます。

実務では、取締役が同時に従業員(例:CEO・マネージングディレクター)として勤務するケースが多く見られます。この場合、給与部分は第40条(1)の雇用所得としてPND.1で源泉徴収され、取締役報酬部分は第40条(2)でPND.3となります。取締役としてのみ就任し、従業員でない場合は、原則として労働保護法の適用対象外です。


誤分類(Misclassification)のリスク

よくある失敗パターン

日系中小企業で実際に見られる誤分類の典型パターンは以下のとおりです。

  • 「Consultant名義で定期的月給」:Consultant Agreementを締結しているが、毎月固定額を支払い、日々の業務指示を出し、会社の事業に不可欠な業務を担当させている
  • 「パートタイム名義で固定勤務時間・会社の制服」:契約上はパートタイムとしつつ、事実上フルタイムで出勤させ、会社の名刺・制服・メールアドレスを付与している

タイの労働裁判所はこのような場合に「実質上は雇用」と判定する可能性が高いとされています。

誤分類と判定された場合の帰結

  • 退職金の遡及支払い(労働保護法第118条)
  • 未払いの超過勤務手当・祝日手当の遡及請求
  • SSO拠出金の遡及納付+利息
  • 税務当局による源泉徴収の是正(PND.3 → PND.1への再計算)
  • 刑事罰:重大な場合、最大6か月の懲役+10万バーツ以下の罰金(労働保護法第144条)

懲戒解雇の6要件については解雇シリーズ第3回で詳しく解説しています。

予防策

誤分類を防ぐためには、以下の点を意識する必要があります。

  1. 契約書の名称だけでなく、実際の運用が契約内容と整合しているかを定期的に確認する
  2. 業務委託契約者に対して、勤務時間の指定・出勤の義務づけ・業務手順の詳細な指示を行わない
  3. 会社の名刺・制服・メールアドレスの付与を避ける
  4. 支払いは成果物ベースの一括払いまたはマイルストーン払いとし、月給制を避ける
  5. 契約者が複数の顧客と取引できる状態を妨げない

まとめ ― 雇用 vs 業務委託で押さえるべき5つの論点

  1. 契約類型の判定は「実質優先」 ― 契約書のタイトルではなく、報酬の支払方式・支配監督の程度・業務の統合度などの実態で判断される
  2. 分類の違いは広範囲に影響 ― 労働保護法の給付・社会保障・税務・知的財産の帰属・BOIタイ人比率に至るまで、帰結が大きく異なる
  3. 雇用契約は書面の整備が重要 ― 就業規則(10名以上は法定義務)の作成と、試用期間の「119日ルール」の正確な理解
  4. 重要条項の有効性要件を意識する ― 競業避止は期間・範囲・補償、秘密保持は管理体制、IP帰属は著作権の「従業員帰属デフォルト」に注意
  5. 誤分類のリスクは深刻 ― 退職金・社会保障の遡及支払い、税務是正、さらには刑事罰まであり得る

次回(第4回)は、タイでの工場・オフィス・土地の賃貸借・リース契約について、外国人の土地保有制限、30年ルール、登記の要否など、日系企業が直面する不動産契約の要点を整理します。


タイでの雇用契約・業務委託契約・就業規則のドラフト・レビューについて、日本法・タイ法の両面からアドバイスいたします。提携先JTJB International Lawyersのタイ人弁護士と連携して対応しております。お気軽にお問い合わせください。

本記事は2026年4月時点の公開情報に基づく一般的な情報提供であり、タイ法に基づく法的助言を構成するものではありません。具体的な案件については、タイの弁護士資格を有する専門家にご相談ください。当事務所では提携先JTJBのタイ人弁護士と連携して対応いたします。

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