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legal 2026.04.17 約14分

【タイ契約書実務】工場・オフィスの賃貸借と「30年ルール」― 登記の要否・50年リース・BOI土地所有【連載第4回】

タイで工場・オフィス・倉庫を賃借する際の法的論点を整理します。民商法典の30年ルール、3年超の登記義務、商工業用50年リース、外国人の土地所有制限、BOI土地所有特権、地上権・用益権、賃貸借に伴う税務まで、日本法との対比を交えて解説します。

「タイでは外国人は土地を買えない」――タイ進出を検討する日系中小企業の方なら、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。この原則は土地法典(Land Code)B.E. 2497(1954年)に由来し、現在も基本的に維持されています。では、工場用地やオフィスをどう確保するのか。答えの中心にあるのが「賃貸借(リース)」です。しかし、タイの賃貸借には「30年ルール」「登記しなければ3年分しか有効でない」など、日本の借地借家法に慣れた方には意外なルールがあります。

本連載「タイ契約書実務」の第4回では、賃貸借の基本構造、30年ルール、商工業用50年リース、外国人の土地所有制限と例外、BOI土地所有特権、地上権・用益権、そして賃貸借に伴う税務を整理します。第1回(契約の基本ルール)第2回(売買・代理店契約)第3回(雇用・業務委託契約)もあわせてご覧ください。


民商法典の賃貸借 ―「30年ルール」と登記の要否

賃貸借の定義と基本構造

タイの賃貸借(เช่าทรัพย์สิน / Hire of Property)は、民商法典(CCC)第537条に定義されています。賃貸人が賃借人に一定期間財産の使用・収益をさせ、賃借人が賃料を支払う契約です。この点は日本の民法第601条の賃貸借とほぼ同じ構造です。

「3年の壁」― 登記しないとどうなるか

民商法典第538条は、3年を超える不動産の賃貸借は書面で作成し、土地局(Department of Lands)で登記しなければ、3年を超える部分は法的に執行不能と定めています。

これは日系企業にとって極めて重要なルールです。たとえば5年のリース契約を締結しても、登記していなければ法的に有効なのは3年分のみ。残りの2年分については、賃貸人が契約の継続を拒否しても法的な強制手段がありません。

日本法との対比が特に重要です。日本の借地借家法は借主保護が極めて厚く、建物の引渡しを受けていれば第三者にも対抗でき(借地借家法第31条)、正当事由なく更新拒絶ができません。タイにはこのような借主保護法制が存在しないため、登記こそが借主の生命線です。

30年の法定上限(第540条)

第540条は、不動産の賃貸借期間は最長30年と定めています。30年を超える期間で合意しても、自動的に30年に短縮されます。これは強行規定であり、当事者の合意で排除することはできません。更新も可能ですが、更新後の期間も30年が上限です。

所有権移転と賃貸借の存続(第569条)

第569条は、不動産の所有権が第三者に移転しても賃貸借契約は消滅しないと規定しています。新所有者が旧所有者の賃貸人としての地位を承継する構造です。

ただし重要な限界があります。更新条項・優先交渉権・賃料据置き合意など、当事者間の「個人的な契約条項」は新所有者に当然には承継されないと解されています。土地の売却が行われた場合、賃借人は新所有者との間で改めてこれらの条項を交渉し直す必要が生じ得ます。


2025年最高裁判決 ― 自動更新条項の無効リスク

2025年3月18日のタイ最高裁判決(事件番号4655/2566)は、タイで不動産リースに依存する外国投資家にとって重要な意味を持つ判断を示しました。

同判決は、賃貸借の初期30年を超える自動更新条項は無効であり、執行不能と判示しました。30年の法定上限の実質的な潜脱を防止する趣旨です。原賃貸借契約に事前合意された更新条項であっても、30年の上限を超える部分は効力を持たないとされました。

更新には初期期間満了後に改めて新たな合意が必要です。

この判決は、「30年+30年」や「30年+30年+30年」の連続リースストラクチャーに依存していた外国投資家にとって重大なリスクを意味します。自動更新条項は法的に担保にならず、30年の満了時に賃貸人には市場賃料での再交渉のインセンティブが生じます。日系企業としては、自動更新条項に依存した長期リースストラクチャーは法的保護が脆弱であることを認識しておく必要があります。


商工業用不動産の「50年リース」

商工業用不動産賃貸借法 B.E. 2542(1999年)

民商法典の30年上限では商業・工業用途に不十分な場合に対応するため、商工業用不動産賃貸借法(Lease of Immovable Property for Commercial and Industrial Purposes Act)B.E. 2542(1999年)が制定されました。

同法は、一定の要件を満たす不動産について賃貸借期間の上限を50年に延長しています。更新も当事者の合意があれば可能で、更新期間も最長50年です。

対象要件

以下のいずれかに該当する不動産が対象となります。

  1. 都市計画法に基づき商業用・工業用に用途指定された区域内の不動産
  2. タイ工業団地公社(IEAT)の工業団地区域内の不動産
  3. 投資額2,000万バーツ以上の商業活動に使用される不動産
  4. 投資奨励法に基づく奨励証書を有する工業活動に使用される不動産

なお、外国人(外国法人を含む)が賃借人となる場合は、リース費用を除き1億バーツ以上の投資を外貨で持ち込む必要があるとされています。

必要書類と手続き

50年リースの登記にあたっては、事業計画書の提出が必要です。計画書には土地の利用計画、資本金額と調達元、雇用人数、事業運営期間、環境影響報告書(該当する場合)などを記載します。書面で作成し、土地局での登記が必要です。

日系製造業にとっては、IEAT工業団地内のリースが最も活用しやすい選択肢です。工業団地は規制の明確性とインフラが充実しており、50年リースの要件も比較的充足しやすいといえます。


外国人の土地所有制限 ― 土地法典の原則と例外

原則的な制限(第86条)

土地法典第86条は、外国人は条約の規定がある場合にのみ土地を取得できると定めています。現在、タイが外国人への土地取得を認める有効な条約は存在しないため、外国人(外国法人を含む)はタイの土地を所有できないのが原則です。

ここでいう「外国法人」には、外国人が株式の49%超を保有する法人も含まれます。

日本法との対比として、日本には原則として外国人の土地取得制限がありません(2021年の重要土地等調査法は限定的な事前届出制度にとどまります)。タイの制限は日本企業にとって馴染みが薄く、見落とされがちな点です。

ノミニー(名義借り)の禁止(第96条)

第96条は、外国人の利益のために他人名義で土地を取得することを明確に禁止しています。違反が発覚した場合、土地局長が当該土地の処分権を有します。タイ人の名義を借りて実質的に外国人が土地を所有する「ノミニー」スキームは違法であり、近年取締りが強化されています。ノミニー規制の動向については、ノミニー取締り強化の記事および2026年4月施行のFBA改正もご参照ください。

投資例外(第96条の2)

4,000万バーツ以上の投資を行う外国人は、大臣の承認を得て住居用土地を1ライ(1,600㎡)まで取得することが認められています。取得後2年以内に住居用として使用しなければならず、事業用の土地所有には利用できません。

コンドミニアムの「49%ルール」

コンドミニアム法(Condominium Act)B.E. 2522(1979年)第19条は、外国人がコンドミニアムのユニットを所有できる範囲を建物全体の販売面積の49%までと定めています。残り51%以上はタイ人が所有しなければなりません。

外国人の所有にあたっては、購入代金全額を外貨でタイに送金し、タイの銀行でバーツに両替した証明(外貨送金証明書)が必要です。面積はユニット数ではなく床面積ベースで算定されます。


BOI奨励企業の土地所有特権

投資奨励法第27条

投資奨励法(Investment Promotion Act)B.E. 2520(1977年)第27条は、BOI奨励企業に対し、奨励事業の遂行に必要な範囲で、委員会が適当と認める限度において他の法律(土地法典を含む)の制限を超えて土地を所有する特権を認めています。BOI制度の概要についてはBOI新規則の記事もご参照ください。

所有上限と要件

  • 事務所用:最大5ライ(8,000㎡)
  • 従業員住居:最大20ライ(32,000㎡)、事業所から10km以内
  • 払込資本金要件:5,000万バーツ以上を土地所有期間中維持すること

土地は奨励証書に記載された奨励事業の目的にのみ使用しなければならず、奨励の取消し・期間満了後1年以内に土地を売却しなければなりません。

2024年の改訂

2024年11月のBOI告示(Announcements 16/2567, Por. 8/2567)により、BOI奨励外国法人が会社名義で土地を直接購入できることが明確化され、土地利用に関する条件が見直されました。また、2025年7月にはe-Landオンライン申請システムが導入されています。

一方、業種による制限も設けられており、金属・化学・プラスチック分野の企業は、奨励プロジェクト3件以上かつ合計投資額50億バーツ以上の場合にのみ土地所有が認められるとされています。


地上権と用益権 ― 土地所有の代替手段

外国人がタイで土地を所有できない以上、賃貸借以外にも不動産利用の選択肢を知っておくことが重要です。

地上権(สิทธิเหนือพื้นดิน / Superficies)

民商法典第1410〜1416条に規定されています。土地所有者が他人にその土地の上または下に建物・構築物・植栽を所有する権利を設定するものです。地上権者は建物の所有権を取得し、使用・処分・収益が可能です。最長期間は30年または権利者の生涯。土地局での登記が必要です。

土地を所有できない外国人が、土地上の建物を所有するために活用される手段です。

用益権(สิทธิเก็บกิน / Usufruct)

民商法典第1417〜1428条に規定されています。他人の不動産を占有・使用・収益する権利です。不動産全体の使用が可能ですが、所有権は取得しません。最長期間は30年または権利者の生涯。土地局での登記が必要です。用益権は権利者の死亡により終了し、相続はされません。

不動産利用手段の比較

手段最長期間登記要否所有権取得外国人利用根拠法令
賃貸借(一般)30年3年超は必要なしCCC第537〜571条
商工業用リース50年必要なし可(投資要件あり)B.E. 2542
地上権30年/生涯必要建物のみCCC第1410〜1416条
用益権30年/生涯必要なしCCC第1417〜1428条
土地所有(BOI)奨励期間中ありBOI企業のみ投資奨励法第27条
コンドミニアム無期限あり49%までコンドミニアム法第19条

賃貸借契約に伴う税務

印紙税・登記費用・源泉徴収

項目税率・費用対象根拠
印紙税総賃料の0.1%全ての賃貸借契約歳入法印紙税附則
登記費用総賃料の1%3年超の賃貸借(土地局)土地局規定
源泉徴収月額賃料の5%法人賃貸人への賃料支払時歳入法

計算例

月額賃料10万バーツ、期間5年の場合:

  • 総賃料:10万バーツ × 12ヶ月 × 5年 = 600万バーツ
  • 印紙税:600万 × 0.1% = 6,000バーツ
  • 登記費用:600万 × 1% = 6万バーツ
  • 合計(印紙税+登記費用):6万6,000バーツ(総賃料の1.1%)
  • 毎月の源泉徴収:10万バーツ × 5% = 5,000バーツ

印紙税は原則として賃借人が契約締結時に納付します。総賃料100万バーツ以上の場合は印紙貼付ではなく現金納付となります。第1回で触れた印紙税の基本もあわせてご確認ください。


日系企業が実務で気をつけるべきポイント

利用場面ごとの選択指針

  • 短期利用(3年以下) → 登記不要の賃貸借で対応可能
  • 中長期利用(3〜30年) → 登記付き賃貸借が標準。登記なしは危険
  • 工場(30年超) → 商工業用50年リースの要件を検討。IEAT工業団地が活用しやすい
  • 建物所有が必要 → 地上権の設定を検討
  • BOI奨励事業 → 土地所有特権(第27条)の活用を検討

自動更新条項に頼らない

2025年最高裁判決を踏まえ、自動更新条項のみに依拠する長期リース戦略は再考が必要です。更新には満了時に新たな合意が求められるため、賃貸人との関係構築と、更新拒絶時の代替計画が重要です。

権利金(Key Money)

タイでは権利金の授受が広く慣行化しています。返還不可が通常であり、日本の礼金に近い性質です。契約書に明記されていない場合のトラブルも多いため、金額・返還条件を書面で明確にしておくことが推奨されます。

立法動向 ― 99年リース法案

なお、立法動向として、賃貸借期間の上限を99年に延長する法案が検討されている旨の報道があります。2026年4月時点では国会を通過しておらず、成立時期・内容は未確定です。動向を注視する必要がありますが、現時点で実務上の計画に織り込むのは時期尚早と考えられます。

賃貸借契約における紛争解決条項(裁判管轄・仲裁合意の設計)については、本シリーズ第5回で詳しく扱う予定です。


まとめ ― 不動産契約で押さえるべき5つの論点

  1. 30年ルールと登記 ― 不動産の賃貸借は最長30年(強行規定)。3年超は登記しなければ3年分しか有効でない。日本の借地借家法のような借主保護はなく、登記が生命線
  2. 50年商工業リースの要件 ― IEAT工業団地・都市計画指定区域・投資額2,000万バーツ以上などの要件を充足すれば50年まで延長可能
  3. 外国人の土地所有制限 ― 原則として土地所有不可。ノミニーは違法。BOI特権またはコンドミニアム49%ルールが主な例外
  4. 地上権・用益権の活用 ― 土地を所有できない場合の代替手段。いずれも最長30年、登記が必要
  5. 税務 ― 印紙税(総賃料の0.1%)+登記費用(1%)+源泉徴収(法人賃貸人の場合5%)を契約段階で織り込む

次回(第5回)は、契約に欠かせない裁判管轄条項・仲裁条項について、タイの裁判所と国際仲裁機関の選択肢、仲裁合意の書き方を実務の観点から整理します。


タイでの工場・オフィス・土地の賃貸借契約のドラフト・レビュー、BOI土地所有申請について、日本法・タイ法の両面からアドバイスいたします。提携先JTJB International Lawyersのタイ人弁護士と連携して対応しております。お気軽にお問い合わせください。

本記事は2026年4月時点の公開情報に基づく一般的な情報提供であり、タイ法に基づく法的助言を構成するものではありません。具体的な案件については、タイの弁護士資格を有する専門家にご相談ください。当事務所では提携先JTJBのタイ人弁護士と連携して対応いたします。

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