このシリーズについて タイでビジネスをしていると、「日本では考えられない」トラブルに出くわすことがあります。このシリーズでは、日系中小企業によくある法的トラブルのパターンを、できるだけ平易なコラム形式でご紹介します。
バンコクの会議室。長年の付き合いだったタイ人パートナーが、静かにこう言った。「この会社の株、実質的には俺のものだよな。日本側はもう関係ない」——あなたならこの瞬間、何ができますか?
タイでのビジネスと「名義」の問題
タイでは、外国人が事業を行う場合、外国人事業法(FBA)の規制により、多くの業種で外資比率に上限があります。そのため、タイ人パートナーに株式の一部または過半数を保有してもらう形(合弁、あるいは名義株主の利用)でビジネスを組む日系企業も少なくありません。
関係が良好なうちはこの構造がうまく機能します。問題が起きるのは、パートナーとの関係が崩れたときです。
よくある決裂のパターン
① 「株を売らない」と言われる
合弁の見直しや撤退を検討し始めた段階で、タイ人パートナーが持分の譲渡を拒む。株主間契約(SHA)に出口条項がなければ、法的に強制する手段は限られます。
② 会社の印鑑・口座を握られる
タイの会社では、会社印(Corporate Seal)や銀行口座の実権を持っている側が実質的に会社を支配できる局面があります。関係悪化後、パートナー側が口座へのアクセスを遮断したり、自社名義で取引を進めるケースが報告されています。
③ 「俺が過半数株主だ」と主張される
名義株主として形式上の持分を持っていたパートナーが、「実質的な経済的利益は自分にある」と主張し始め、経営権を主張するケースもあります。FBA規制の逃げ道として名義株主を使っていた場合、その構造自体が法的リスクを内包しています。
なぜここまでこじれるのか
日系企業がタイでパートナーを選ぶとき、多くの場合「信頼できる人だから」という人間関係ベースの判断が出発点になります。それ自体は悪いことではありません。ただ、ビジネスの局面が変わったとき(業績悪化・後継者問題・撤退検討など)に、人間関係だけでは対処できなくなるのが現実です。
日本で「握手で合意した」という文化的背景があっても、タイの法的手続きでは文書が全てです。
事前にできる対策
株主間契約(SHA)の整備
合弁開始時に、以下の条項を盛り込んだSHAを締結しておくことが考えられます:
- 先買権(Right of First Refusal):持分を売却する際は相手方に優先購入権を与える
- 強制売却条項(Drag-along / Tag-along):片方が売却する場合、もう一方も一緒に売却できる(あるいは強制できる)
- デッドロック条項:意思決定が膠着した場合の解決手順
- Exit条項:一定条件での買取・清算手続き
経営上の実権の管理
銀行口座の署名権限、会社印の管理権限を誰が持つかについて、日本側が一定の関与を持てる構造にしておくことが考えられます。
名義株主リスクの見直し
FBA規制との関係で名義株主を使っている場合は、現在進行中のFBA改正の動向も踏まえ、構造の再検討を早めに行うことが重要です。
「仲が良いうちに決めておく」
SHAやデッドロック条項を提案すると、「そんな話をしたら相手に失礼じゃないか」という声を聞くことがあります。しかしこれは、結婚前に財産分与を話し合うことと同じです。関係が良好なうちにルールを決めておくことが、双方を守ることになります。
次回は、取引先が突然「消えた」ときの話——代金未払いと夜逃げのパターンをご紹介します。
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本記事はタイの法制度に関する一般的な情報提供を目的としており、タイ法に基づく法的助言を構成するものではありません。具体的な案件については、タイの弁護士資格を有する専門家にご相談ください。当事務所では提携先JTJBのタイ人弁護士と連携して対応いたします。