このシリーズについて タイでビジネスをしていると、「日本では考えられない」トラブルに出くわすことがあります。このシリーズでは、日系中小企業によくある法的トラブルのパターンを、できるだけ平易なコラム形式でご紹介します。
月曜日の朝、経理担当のデスクが空だった。その日の昼過ぎ、外部の会計士から電話が入る。「少し確認したいことがあるのですが……口座の動きが、少し変で」——その「少し」が、3年分の横領だったとしたら?
「信頼していたから」が盲点になる
タイで中小規模の拠点を運営している日系企業では、現地の経理・財務担当者に多くの業務を任せざるを得ないケースが多くあります。日本本社は細かい帳票を確認できず、現地担当者を信頼することが前提になる。
この「信頼」が、内部不正の温床になることがあります。
タイに限った話ではありませんが、横領は「機会・動機・正当化」の三つが揃ったときに起きやすいとされています。タイの現地拠点では、日本本社のチェックが届きにくい分、「機会」の条件が整いやすい環境があると言えます。
よくある横領のパターン
① 架空経費・架空発注
実際には存在しない取引先への支払い、あるいは実際より高い金額での請求書処理。経費精算・購買担当と承認者が同一人物に近い場合、発覚が遅れやすい。
② 現金売上の抜き取り
小売・飲食・サービス業では、レジ前の現金売上が記録より少ない形での抜き取りが起きることがあります。POSシステムと実際の入金が突合されていない場合、長期間見逃されるケースもあります。
③ 給与・社会保険の水増し
実際には退職済みの「幽霊社員」の給与を継続して処理したり、社会保険料の計算を操作したりするパターン。規模が小さいと人事と経理が同じ担当者になりがちで、チェック機能が働きにくい。
④ 業者との癒着
外部業者と結託して、水増し請求や架空発注の見返りに個人的なキックバックを受け取る。担当者レベルでは発覚しにくく、長期化するケースもあります。
発覚のきっかけ
意外に多いのが「担当者の急な退職・長期休暇」をきっかけに、後任が帳簿を見て気づくパターンです。本人がいる間は管理を握られているため、外部の目が入ったときに初めて異常が見える。
また、外部監査・会計士レビュー・税務調査をきっかけに発覚するケースもあります。「何年もうまくやっていた」横領が、一度の外部チェックで全て出てくることもあります。
発覚後にすべきこと
① 証拠の保全を最優先に
「本人を呼んで問い詰める」前に、まず帳票・通帳・領収書・メール等のデジタル・物理的な証拠を確保することが重要です。追及を急ぎすぎると証拠隠滅のリスクがあります。
② 法的対応の選択肢を整理する
タイでは、横領・詐欺は刑事事件として告訴できる場合があります(刑法の詐欺・横領罪等)。また、民事上の損害賠償請求と並行して進めることも可能です。どの手段を取るかは、証拠の強さ・被害金額・回収可能性を踏まえて判断することになります。
③ 解雇は慎重に
横領を理由に即時解雇することは可能な場合もありますが、手続きを誤ると「不当解雇」として逆に訴えられるリスクもあります。解雇の前に法的な手順を確認することが考えられます。
予防が最大の対策
社内横領は「起きてから対処」では手遅れになることが多い。未然に防ぐためには:
- 承認・チェックの分離(支払担当と承認者を別にする)
- 定期的な外部レビュー(年1回の外部会計士レビューでも効果あり)
- 予告なしの現金実査
- 内部通報窓口の設置
日本本社の担当者が月次で帳票を確認するだけでも、抑止効果は高まります。
次回は最終回——「実はビザと労働許可が合っていなかった」という、赴任者に関わる落とし穴をご紹介します。
内部統制の見直し、不正発覚後の対応など、お気軽にお問い合わせください。
本記事はタイの法制度に関する一般的な情報提供を目的としており、タイ法に基づく法的助言を構成するものではありません。具体的な案件については、タイの弁護士資格を有する専門家にご相談ください。当事務所では提携先JTJBのタイ人弁護士と連携して対応いたします。