この記事のポイント
- 2025年12月30日施行のタイ刑法改正で、セクハラの定義が「身体的接触」から言葉・視線・SNS・オンラインストーカーまで拡大
- 罰則は1年以下の懲役または1万バーツ以下の罰金(権限を利用した場合は懲役・罰金の両方)
- 企業に防止義務を課す法令はまだ整備されていないが、就業規則の見直し・相談窓口整備・PDPA対応の3点は早めに検討しておきたいポイント
タイ刑法改正の概要:何が変わったか
2025年12月30日、タイ刑法改正第30号が施行されました。最大の変更点は、セクシャルハラスメント(セクハラ)の定義の大幅な拡大です。
従来の規定では「身体的な接触」を伴う行為が主な対象でしたが、改正後はデジタル空間での行為を含む広範な行為が処罰対象となります。
新旧比較
| 項目 | 改正前 | 改正後 |
|---|---|---|
| 対象行為 | 主に身体的接触 | 言葉・視線・SNS・オンライン行為を含む |
| 処罰要件 | 身体接触が必要 | 被害者が不快と感じる性的な行為全般 |
| 罰則(一般) | 規定なし(民事・労働法による) | 1年以下の懲役または1万バーツ以下の罰金 |
| 罰則(権限利用) | 規定なし | 懲役・罰金の両方を科す |
| 対象関係 | — | 職場・日常生活・オンライン空間すべて |
セクハラとして認定される5つの行為
改正法が対象とする行為を具体的に挙げると、以下のとおりです。
- 言葉によるハラスメント — 性的な発言、卑猥なジョーク、性的な評価・品評
- 視線・ジェスチャー — 性的な視線、不快なボディランゲージ、卑猥な身振り
- SNS・メッセージ — LINEやFacebookなどで性的な画像・動画・メッセージを送付
- オンラインストーキング — 執拗なDM、位置情報の追跡、プロフィールの監視行為
- 身体的接触 — 従来から対象だった不意打ちの接触、抱擁、その他の身体接触
また、タイ労働保護法第16条は、雇用主または上司が従業員に対してセクハラを行うことを明示的に禁止しています。違反した場合、同法第147条により2万バーツ以下の罰金が科されます。
日系企業への影響:日本のハラスメント法制との比較
日本では2020年に職場のパワー・セクハラ防止を企業に義務付ける法整備が完成し、2026年10月1日からはカスタマーハラスメントや求職者へのセクハラ対策も義務化される予定です。一方、タイでは企業に対策を義務付ける法令やガイドラインはまだ整備されていません。
日本vsタイのハラスメント法制比較
| 比較項目 | 日本 | タイ |
|---|---|---|
| セクハラ定義の広さ | 職場内の性的言動全般 | 職場・日常・オンライン空間すべて(改正後) |
| 企業への防止義務 | あり(労働施策総合推進法) | なし(個人の刑事罰のみ) |
| 罰則(個人) | 行政指導・勧告(企業名公表も) | 懲役1年または1万バーツ罰金 |
| 罰則(企業) | 過料・企業名公表 | なし(労働保護法違反で罰金2万バーツ) |
| カスタマーハラスメント | 2026年10月から義務化 | 法整備なし |
| 求職者へのセクハラ | 2026年10月から義務化 | 法整備なし |
日系企業の視点で重要なのは以下の点です。
- 日本の親会社からのコンプライアンス要求:日本本社がハラスメント対策を義務化している以上、タイ現地法人も同水準の対策が求められます
- 外国人・現地スタッフ混在職場のリスク:文化的背景の違いから、意図せずセクハラに該当する言動が生じやすい環境があります
- PDPA(個人情報保護法)との交錯:ハラスメント調査において被害者・加害者双方の個人情報を収集・処理する際には、PDPA上の根拠と手続きが必要です
押さえておきたい3つの対応ポイント
対策フロー
flowchart TD
A[現状確認] --> B{就業規則に<br/>セクハラ規定がある?}
B -- ない/不十分 --> C[就業規則の改定]
B -- ある --> D{相談窓口が<br/>機能している?}
C --> D
D -- ない/未整備 --> E[相談窓口の整備]
D -- ある --> F{ハラスメント調査の<br/>PDPA対応できている?}
E --> F
F -- できていない --> G[PDPA対応手順の策定]
F -- できている --> H[定期的なトレーニング実施]
G --> H
H --> I[完了:コンプライアンス体制確立]
ポイント1:就業規則の見直し
タイの労働保護法では、就業規則(Work Rules)の作成・届出が義務付けられています(10名以上の事業所)。改正刑法を踏まえ、就業規則に以下の内容を盛り込むことが考えられます。
- セクハラの定義(改正刑法を参照し、オンライン行為も含める)
- 禁止行為の具体的リスト
- 違反した場合の社内処分(減給・解雇等)
- 被害者が不利益を受けないことの明記
就業規則はタイ語で作成し、労働局(Department of Labour Protection and Welfare)への届出が必要です。
ポイント2:社内相談窓口の整備
タイでは法的義務はないものの、相談窓口の不整備は「会社が黙認した」という評価につながりかねません。整備の参考として以下が考えられます。
- 相談先の明確化:HRまたは外部相談窓口の連絡先を全従業員に周知
- 匿名性の確保:被害者が報復を恐れずに相談できる仕組み
- 調査手順の文書化:苦情受理→調査→処分→フォローアップの流れを規定
ポイント3:PDPAとの関係
ハラスメント調査では、被害者・加害者・目撃者の氏名、発言内容、医療情報(精神的被害の場合)などの個人情報を扱います。PDPAとの関係で確認しておきたい点として以下が挙げられます。
- 調査目的の明確化と個人情報取得の法的根拠(正当な利益など)の確認
- 調査記録の保管期間と廃棄手順の規定
- 第三者(外部弁護士等)への情報共有時の**データ処理契約(DPA)**の締結
まとめ
タイ刑法改正により、職場におけるセクハラリスクは刑事罰を含む新たなフェーズに入りました。現時点では企業に対策を義務付ける法令はありませんが、日本本社のコンプライアンス要求・PDPA・労働保護法の交差点に立つ在タイ日系企業にとって、今が対応を整える絶好のタイミングです。
就業規則の改定、相談窓口の設置、PDPAとの関係整理のいずれも、専門家への相談も視野に入れながら進めることが望ましいでしょう。
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本記事はタイの法制度に関する一般的な情報提供を目的としており、タイ法に基づく法的助言を構成するものではありません。具体的な案件については、タイの弁護士資格を有する専門家にご相談ください。当事務所では提携先JTJBのタイ人弁護士と連携して対応いたします。