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legal 2026.04.15 約12分

【タイ契約書実務】タイの売買契約・代理店契約はここを見落とす ― 所有権移転・瑕疵担保・独禁法・終了時補償【連載第2回】

タイの売買契約・代理店契約・販売店契約をドラフト/レビューする際に見落とされがちな論点を整理します。所有権移転・瑕疵担保・2017年貿易競争法・終了時補償・Incoterms・外貨建て請求・CISGまで、日本法との違いを踏まえて解説します。

タイの取引先・代理店・販売店との売買契約や流通契約を前に、「どこまで日本流の感覚で書いてよいのか」と悩まれる担当者の方は多いのではないでしょうか。タイには専門の流通業者保護法が存在せず、契約に書かなければ終了時補償は発生しない一方、2017年貿易競争法が独占的・排他的条項に意外と広く網をかけています。本連載「タイ契約書実務」の第2回は、日系中小企業が最も多く扱う売買契約・代理店契約・販売店契約について、ドラフト段階で見落としがちな論点を整理します。

第1回で扱った契約書の基本ルール(言語・準拠法・成立要件・印紙税)を踏まえていますので、まだお読みでない方は第1回もあわせてご覧いただければと思います。


売買契約 ― タイ民商法典が定める基本構造

タイの売買契約は、民商法典(Civil and Commercial Code, CCC)第453条以下に一般規定が置かれています。第453条は売買を「売主が買主に財産の所有権を移転し、買主がその対価を支払うことを約する契約」と定義しており、日本民法第555条の売買の定義とほぼ重なる構造です。

所有権はいつ移転するか ― 第458条の原則と例外

タイ法の特徴の一つは、所有権の移転時期が明文で定められている点にあります。第458条は、売買契約の目的物の所有権は契約成立時に買主に移転するのが原則だと規定しています。ただし次のような例外があります。

  • 条件付き・期限付き売買:条件の成就や期限の到来まで所有権は移転しない
  • 種類物(未特定物):計量・数量確定・指定などにより目的物が特定された時点で移転(第460条)

日本民法でも特定物の所有権は契約時に移転するのが原則(第176条)ですが、実務では「代金完済時に所有権移転」などの特約で柔軟に調整されることが多いのが現状です。タイでも同様の特約は可能ですが、特約がなければ契約成立の瞬間に所有権が動くという初期設定を押さえておくと、引渡しと代金支払のタイミング設計を間違えにくくなります。

数量不一致 ― 第465条の買主の選択権

第465条は、売主が契約数量と異なる数量を引き渡した場合の買主の選択権を定めています。不足の場合は拒絶・減額・補充のいずれかを、過剰の場合は拒絶・契約数量のみの受領・全部受領のいずれかを、買主が選べる構造です。日系企業がタイのサプライヤーから輸入する際、実務でしばしば直面する論点ですので、受入検査・許容誤差(tolerance)の定めとセットで設計しておきたいところです。

瑕疵担保責任 ― 第472〜474条と「発見から1年」

第472条は、売主が売却物の瑕疵について、たとえ自ら知らなかったとしても責任を負うと定めています。第473条には、買主が瑕疵を知っていた場合、通常の注意で知り得た場合、明白な瑕疵を異議なく受領した場合、公開競売による場合の4つの免責事由が列挙されています。

特に実務で意識しておきたいのが、第474条の除斥期間です。瑕疵を理由とする請求は、瑕疵の発見から1年以内に行わなければなりません。日本の改正民法(2020年施行)では契約不適合責任の通知期間が「不適合を知った時から1年」と定められており、起算点は似ていますが、日本法は「通知」で足りるのに対してタイ法は「訴えの提起」を求める解釈が一般的とされ、実務運用には差があります。日本法の感覚で「まずはクレーム通知、訴訟は後日」と構えていると、タイでは除斥期間を徒過してしまうおそれがある点に注意が必要です。

印紙税 ― 純粋な物品売買は原則対象外

第1回で触れた印紙税(stamp duty)との関係では、物品の売買契約そのものは歳入法(Revenue Code)附則の課税対象文書28種類には含まれていません。ただし契約書の性質が「代理契約(agency)」「役務契約(service contract)」と評価されると課税対象となります。取引基本契約に販売代理人的な要素(顧客開拓・クレーム対応・コミッション受領など)が混ざっている場合は、印紙税の要否を改めて確認しておきたいところです。


代理店契約・販売店契約 ― タイには専門の流通保護法がない

日系企業からよく受ける誤解に、「EU諸国のように、流通業者を終了時に補償しなければならない法律がタイにもあるのではないか」というものがあります。結論としては、タイには専門の流通業者保護法(distributor protection law)が存在しません。ベルギーやドイツのように「独占的販売店契約の解約時に顧客獲得に見合う補償(goodwill / clientele compensation)を支払わなければならない」という法定の義務は、タイ法には用意されていないのです。

この事実は、多くの場合サプライヤー側(日本本社)にとって有利に働きます。裏を返せば、契約書に明示的に書かない限り、終了時の補償も在庫買戻しも自動的には発生しません。日本の下請法や特定商取引法のような強行的な保護枠組みを前提にしないことが、タイでの流通契約設計の出発点になります。

「代理店(Agent)」と「販売店(Distributor)」の法的区別

英文契約上、Agent と Distributor は明確に区別される概念です。タイ実務でも同様で、両者の性質は根本的に異なります。

項目代理店(Agent)販売店(Distributor)
取引名義サプライヤー名義(代理人として行動)自己の名義・計算
顧客との契約関係サプライヤーが顧客と直接契約販売店が顧客と直接契約
在庫リスクサプライヤーが負担販売店が負担
収益構造コミッション仕入価格と販売価格の差益
印紙税「代理契約」として課税対象になり得る物品売買は原則対象外

契約書のタイトルに “Distribution Agreement” と書いてあっても、本文を読むと実質的にはエージェント契約というケースや、その逆もよく見られます。タイトルではなく、取引名義・在庫リスク・報酬構造の3点で実質を見極めることが重要です。

Sole / Exclusive / Non-exclusive の使い分け

独占性の設計も、タイ契約書でしばしば曖昧に書かれる論点です。英文契約の用語法としては以下の整理が一般的です。

  • Sole distributor:サプライヤーは他の流通業者を指名しないが、サプライヤー自身は直接販売できる
  • Exclusive distributor:サプライヤーは他の流通業者も自らも直接販売できない(最も強い保護)
  • Non-exclusive:複数の流通業者が併存しうる

日本企業の契約書では “Sole and Exclusive” と両方並べて書かれているケースがよく見られますが、紛争時にどちらの解釈を優先するかで争いになることがあります。どちらの趣旨かを契約本文で明示するか、定義条項で使い分ける設計が安全です。


2017年貿易競争法 ― 独占禁止法上の落とし穴

タイには2017年貿易競争法(Trade Competition Act B.E. 2560)があり、2017年10月5日に施行されました。貿易競争委員会(Trade Competition Commission, TCC)が執行機関であり、事務局として貿易競争委員会事務局(TCCT)が設置されています。日系企業の流通契約で特に注意したい論点は以下のとおりです。

再販売価格維持(RPM)の原則禁止

サプライヤーが販売店に対して「この価格以下で販売してはならない」「この価格で販売しなければならない」と固定することは、原則として禁止されます。いわゆる再販売価格維持行為(resale price maintenance, RPM)です。一方、「推奨小売価格(suggested retail price)」「最高小売価格(maximum retail price)」の設定は、事実上の強制と評価されない限り許容されるとされています。

日本でも独占禁止法のもとで同様の規制がありますが、タイの運用実務では推奨価格の提示が事実上の強制と評価されるかどうかの判断は個別事案ごとになるため、ガイドラインに沿った慎重な設計が必要です。

独占的取引・地域制限・顧客制限

排他的購入義務、地域制限、顧客制限などの垂直的制限は、市場アクセスを阻害したり消費者の選択肢を減らす場合に違法となる可能性があります。もっとも、効率性向上や経済的進歩に資し、競争を著しく制限しない場合は免除され、フランチャイズ契約や正規代理店契約は免除対象となり得ると整理されています。

罰則 ― 年間売上の最大10%

違反時の行政罰は、違反年度の年間売上の最大10%の罰金とされており、金額の大きさだけでも看過できません。「日本の親会社の契約テンプレートでは問題なかった条項が、タイに持ち込むと違法になり得る」というケースは実際に起こり得ますので、流通契約のレビューでは貿易競争法の観点を必ずチェックしておきたいところです。

なお、2026年3月25日にはマルチサイドプラットフォーム(ECプラットフォーム等)の競争法評価に関するガイドラインが施行されており、デジタル流通チャネルを用いる場合はこちらも確認が必要です。


国際取引特有の論点 ― Incoterms・外貨・CISG

タイ企業と日本企業の間の売買契約では、純粋なタイ国内契約にはない論点がいくつか重なります。

Incoterms 2020 は「法律」ではない

FOB(積出港本船渡し)、CIF(運賃保険料込み)、EXW(工場渡し)、DDP(仕向地関税込み)といった貿易条件は、国際商業会議所(ICC)が公表するIncoterms 2020に基づく用語です。重要なのは、Incotermsはそれ自体が法律ではなく、当事者が契約で引用したときに初めて効力を持つ取引慣行だという点です。タイ法上はあくまでタイ民商法典の規定が優先するため、契約書に「本契約の引渡条件は Incoterms 2020 に従う」と明示しておかないと、Incotermsの定義は自動的には適用されません。

もう一点注意すべきは、Incoterms 2020 はリスクと費用の分担を定めるだけで、所有権移転の規律は含まないことです。所有権移転は前述のとおり民商法典第458条に従います。「FOB Bangkok だから船積み時に所有権が移転する」と誤解している契約担当者もいますが、これはリスク移転の話であって所有権移転とは別物です。所有権移転時期を契約に明記しておくのが安全です。

外貨建て請求とBOT規制

タイ国内取引でも、条件次第では外貨建ての請求書発行が可能ですが、タイ国中央銀行(Bank of Thailand, BOT)の外国為替管理規則による制約を受けます。2025年12月以降の改訂により、スポットFX取引で20万米ドル相当以上の場合、銀行が取引の支持書類の確認を求めるとされています。また海外から100万米ドル相当以上を受領した居住者は、輸出日または取引日から360日以内に本国送金または外貨預金口座への預入が必要です。

日本の感覚で「国際契約だから USD 建てで書いておけばよい」と即断せず、決済通貨・決済フロー・銀行の要求書類を税務・会計担当とあわせて確認しておくと、実務上のトラブルを避けやすくなります。

CISG ― タイは未締約、日本は締約国

国連国際物品売買条約(CISG)は、日本が2008年に加盟し2009年に発効していますが、タイは2026年4月時点でもCISGの締約国ではありません。ASEANで締約国となっているのはシンガポール・ベトナム・ラオスのみです。

したがって、日本企業とタイ企業の国際売買契約には、CISGが自動的には適用されません。両当事者が明示的に「準拠法はCISG」と合意した場合のみ適用が可能です。また、準拠法を日本法と選択した場合には、日本が締約している条約としてCISGが適用される余地がありますが、タイ法を選択した場合にはCISGは適用されません。この論点は、準拠法選択(第1回参照)と密接に関係します。

VAT 7% の延長

タイの付加価値税(VAT)の標準税率は本来10%ですが、現在は7%に減税されています。この減税は2026年9月30日まで延長されていますので、執筆時点での計算と今後の見直しに注意が必要です。なお、輸出は0%税率、関税自由地域内販売も0%税率の対象とされています。


終了条項の設計 ― 補償は契約に書かないと発生しない

前述のとおり、タイ法には終了時補償の法定義務はありません。したがって終了条項の設計は、書かれていないことは発生しないという原則を前提にする必要があります。

終了類型と解約予告期間

実務で設計される終了類型は大きく2つです。

  • 正当事由による終了(Termination for cause):契約違反・支払遅延・倒産などの事由が発生した場合の解約
  • 便宜的終了(Termination for convenience):理由を問わず予告期間を置いて解約

タイ法上、解約予告期間の法定最低値は存在しませんが、実務では3〜6か月の通知期間が一般的です。ただし、「合理的な予告期間を置かず突然終了した」場合には、民商法典第368条の信義則(good faith)違反として損害賠償の対象になり得ると整理されています。契約書上「何らの予告・補償なく解約できる」と書いてあっても、その文言だけに依拠して突然終了することにはリスクがあります。

在庫買戻し・未払コミッション・登録の巻き戻し

終了時に紛争の種になりやすいのは次の3点です。

  • 在庫買戻し(Stock buy-back):販売店が抱える在庫をサプライヤーが買い戻すか。法定義務ではないので契約で定める必要があります
  • 未払コミッション・未決注文の取扱い:終了後に発生した顧客注文への対応、係属中の取引の完了義務
  • 登録・認可の巻き戻し:販売店がサプライヤー製品の輸入許可・TISI(タイ工業規格院)認証・医薬品登録などを販売店名義で取得している場合、終了時にこれをサプライヤー側に移管する枠組みを契約で決めておく必要があります

競業避止条項の強制可能性

終了後の競業避止条項(non-compete)は、公正かつ合理的である場合にのみ強制可能とされています。タイ法の下での合理性判断では、おおむね次の要素が考慮されます。

  • 保護に値する営業秘密・顧客情報の存在
  • 期間(1〜2年程度が実務上の目安)
  • 地理的範囲(サプライヤーが事業を行う地域に限定)
  • 制限される事業の性質
  • 補償の有無(補償なしの競業避止は合理性を欠くと判断される可能性)

労働契約における競業避止条項については、不公正契約条件法(Unfair Contract Terms Act B.E. 2540, 1997)の枠組みで過度に制約的な条項が制限される余地もあります。流通契約の終了条項を設計する際も、同じ発想で「合理的な範囲」を意識しておくのが安全です。

なお、裁判管轄・仲裁条項を含む紛争解決の設計については、本シリーズ第5回で改めて整理する予定です。


まとめ ― 売買・代理店契約で押さえる5つの論点

第2回のポイントを5つに整理しておきます。

  1. 所有権移転と瑕疵担保:民商法典第458条は契約成立時に所有権が動くのが原則。瑕疵担保の除斥期間は発見から1年(第474条)
  2. 印紙税:物品売買そのものは原則対象外だが、「代理」要素が混ざると課税対象となり得る
  3. 2017年貿易競争法:再販売価格維持・独占的取引・地域制限には広く網がかかり、違反時の罰金は年間売上の最大10%
  4. 終了時補償は契約に書かないと発生しない:タイには専門の流通保護法がない。在庫買戻し・予告期間・競業避止もすべて契約で明示
  5. 国際取引の論点:IncotermsはあくまでICCの取引慣行、CISGはタイ未締約、外貨決済はBOT規制を確認

次回予告

次回(第3回)は、雇用契約と業務委託契約の違いと、タイ労働保護法が強行法規として契約に与える影響について、日系企業が実務でつまずくポイントを整理します。


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タイでの売買契約・代理店契約・販売店契約のドラフト・レビューについて、日本法・タイ法の両面からアドバイスいたします。タイ法固有の論点は提携先JTJB International Lawyersのタイ人弁護士と連携して対応しておりますので、お気軽にお問い合わせください。


本記事はタイの法制度に関する一般的な情報提供を目的としており、タイ法に基づく法的助言を構成するものではありません。具体的な案件については、タイの弁護士資格を有する専門家にご相談ください。当事務所では提携先JTJBのタイ人弁護士と連携して対応いたします。

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