この記事のポイント
- タイ外国人事業法(FBA)は1999年の制定から25年以上経過し、2025年4月に改正方針が閣議で原則承認された
- OECD加盟プロセスとの連動から「保護主義から競争力強化へ」という政策転換が背景にある
- 改正と並行して名義株主(Nominee)への取締りが強化されており、両者はセットで進んでいる
はじめに — FBA改正が「他人事ではない」理由
タイへの進出を検討する日系企業にとって、「外国人事業法(FBA / Foreign Business Act)」は避けて通れない壁です。「自社の事業が規制業種に該当するかどうか」「タイ人株主をどう確保するか」という問いは、進出形態を設計する際に必ず直面するテーマです。
そのFBAが、1999年の制定から25年以上の時を経て、ついに大改正の動きを迎えています。2025年4月、タイ政府はFBA改正方針を閣議で原則承認しました。改正の具体的な条文はまだ確定していませんが、その方向性は日系企業の進出戦略に少なからず影響を与えるものと考えられます。
FBAの基本的な仕組み(外国人の定義・附表1〜3の規制構造・FBL取得の流れ)については、当事務所の連載記事「タイ有限会社(現地法人)の仕組みと外国人事業法(FBA)の実務ポイント【連載第3回】」で詳しく解説していますので、ぜひあわせてご覧ください。本記事では、改正の背景・内容・日系企業への実務的インパクトに絞って解説します。
1. FBA改正の背景 — なぜ今なのか?
タイのOECD加盟プロセスとの連動
FBA改正の最大の背景は、タイのOECD(経済協力開発機構)加盟プロセスとの連動です。OECDへの加盟審査では、外国直接投資規制指数(FDI Regulatory Restrictiveness Index / FDIRRI)の改善が評価項目の一つとなっています。現行FBAに基づくタイの外資規制水準は、OECD加盟国の平均と比べて高い部類とされており、規制緩和への圧力が続いていました。
また、2025年1月にはBEPS(税源浸食と利益移転)Pillar 2への対応(最低法人税率15%ルール)をいち早く施行したタイにとって、FBA改正はその流れを受けた「国際標準化」施策の一環とも位置づけられています。日本でいえば、外為法の段階的な規制緩和・手続き整備が国際的な投資環境の改善につながったプロセスに近いイメージです。
保護主義から国家競争力強化へ
タイ政府は近年、スタートアップ・ハイテク産業・デジタルサービス分野での外資誘致強化を国策として掲げています。1999年当時のビジネス環境を前提に設計されたFBAは、現在の産業構造や投資ニーズに適合していないとの認識が広まっており、「保護主義から国家競争力強化へ」という政策転換の一環として改正が位置づけられています。
2. 現行FBAの要点(おさらい)
改正の議論を理解するために、現行FBAの骨格を簡単に確認しておきます。(詳細は連載第3回をご参照ください。)
- 「外国人」の定義:外国資本が51%以上を占める企業を「外国人」と見なし、規制の対象とする
- 規制業種リスト(附表1〜3):附表1は全面禁止、附表2は内閣承認が必要なFBL取得、附表3は外国人事業委員会の許可(FBL)が必要
- 参入ルート:FBL取得、BOI奨励による規制除外、またはタイ人多数株主を立てた合弁(JV)の3つが主な選択肢
3. 2025年改正方針の主なポイント
改正方針はまだ「閣議による原則承認」段階であり、具体的な条文は確定していません。以下は商務省等が公表した方針に基づく見込みの内容です。
① 規制業種リスト(附表)の見直し
附表2・3の一部業種について、外資100%での参入開放が検討されています。また、業種や投資規模に応じた段階的な開放(例:一定条件を満たせば外資比率を引き上げられる仕組み)も議論されているとされています。どの業種が対象になるかは現時点では未確定ですが、デジタルサービス・物流・ヘルスケア等が候補として挙げられることが多い状況です。
② 「外国人」の定義の変更検討
現行の「外国資本51%超=外国人」という一律基準を見直し、業種・投資額に応じた柔軟な基準の導入が検討されています。日本の外為法における「対内直接投資等の審査」が業種によって閾値や事前届出の要否を変えているのに近いアプローチが参考にされているようです。
③ スタートアップ・ハイテク企業への特別枠
並行して審議されているスタートアップ促進法(Draft Start-up Promotion Act)と連動した特別枠の創設が検討されています。コンバーティブルノート(転換社債型新株予約権付社債)等の投資ツール整備も議論されており、ベンチャーキャピタルの呼び込みを念頭に置いた制度設計が進む見込みです。
④ 行政手続の改善
外国人事業許可(FBL)の取得手続の簡素化・オンライン化(商務省企業情報局 DBD のシステムとの連携)が検討されています。現行のFBL取得は数ヶ月を要するケースも多く、手続きの簡素化は日系企業にとって実務上の大きな恩恵になると考えられます。
⑤ 名義株主(Nominee)への取締り強化
外資開放の拡大と表裏一体で進んでいるのが、名義株主(Nominee)への取締り強化です。2025年4月、商務省は46,918社を対象とした名義株主疑義企業調査を発表しました。対象業種には観光・不動産・EC・建設等が含まれており、幅広い分野で調査が進んでいます。
4. 日系企業への実務的インパクト
① これから進出を検討する企業へ:「改正を待つべきか?」
「改正まで様子を見よう」という判断も理解できますが、注意が必要です。改正の具体的な時期はいまだ不透明で、改正法案の成立・施行まで相当の時間がかかる可能性があります。事業機会の観点からは、「待つリスク」も「動くリスク」も両面から検討することが重要です。
実務的には、BOI奨励制度の活用(改正の有無にかかわらず外資100%での進出が可能なルート)を軸に置きつつ、将来の持分変更を見据えた柔軟な進出形態を設計しておくことが一つの方向性として考えられます。「当初は合弁→改正後に持分買増し」という段階的アプローチを前提に、株主間契約(SHA)に関連条項を盛り込んでおくことも選択肢の一つです。
② 既にJVを組んでいる企業へ
FBA規制を理由にタイ側マジョリティ(51%超)で株主構成を設計してきた場合、改正後に外資持分の引き上げが可能になる業種が出てくる可能性があります。その際に重要なのは、現在の株主間契約(SHA)に持分変更関連条項が盛り込まれているかどうかです。
SHAの設計については、連載「合弁会社・株主間契約の設計と、タイ進出の全体的な進め方【連載第5回】」で詳しく解説しています。FBA改正を機に、既存のSHAの再点検を行っておくことが考えられます。
③ 既に100%子会社で進出している企業へ
BOI奨励等により外資100%で進出している企業への直接的な影響は限定的です。ただし、FBL不要となる業種が増えれば、新規事業展開のハードルが下がる可能性があります。現在FBLを取得して行っている付随事業の位置づけの変化や、事業範囲の拡大機会として検討する余地が生じることも考えられます。
【コラム】改正と取締りは「セット」で進む — 名義株主リスクへの警告
FBA改正の議論において見落とされがちなのが、外資開放の拡大と名義株主取締りの強化が並行して進んでいるという点です。
タイ当局のメッセージは明確です。正規ルートが広がるのだから、非正規の抜け道を使い続ける合理的な理由はなくなる——という方針です。2024年以降、DBDによる名義株主疑義企業の調査は急速に強化されており、2025年4月の46,918社調査発表はその象徴的な動きといえます。
名義株主を利用している場合、発覚時のリスクは会社・実質的オーナー・名義株主本人の三者に及びます。是正の具体的な方法(持分の実態に合った再設計、FBL取得、BOI奨励への切り替え等)は個別の状況によって異なりますので、早めに専門家への相談を検討されることをお勧めします。
5. 今後のスケジュール・見通し
現在は商務省を中心に、関係省庁・業界団体からの意見聴取段階にあります。改正法案の具体的な内容・国会提出時期は未確定ですが、OECD加盟プロセスのタイムラインを踏まえると、2026年中の法案提出が視野に入りうる状況と考えられます。
ただし、法案の内容は意見聴取の結果によって大きく変わる可能性もあります。当事務所では、引き続き改正の最新動向を注視し、随時記事・ニュースレターでお知らせしてまいります。
まとめ — 今やるべき3つのこと
FBA改正の具体的な内容が確定するまでには、まだ時間がかかる見込みです。しかし、今から準備を進めておくことで、改正後に素早く対応できる体制を整えることが可能です。
① 自社の事業がFBA規制業種に該当するか再確認する
附表1〜3のどのリストに該当するか(または該当しないか)を改めて整理しておきましょう。改正で規制が緩和される可能性のある業種であれば、将来の事業計画に織り込むことが考えられます。
② 株主間契約(SHA)の持分変更関連条項を見直す
JVを組んでいる場合は、現在のSHAに将来の持分変更に備えた条項が入っているかを確認してください。改正後に動けるよう、今のうちに手当てしておくことが重要です。
③ 名義株主を利用している場合は早期に是正を検討する
取締り強化の動きが続く中、是正が遅れるほどリスクは高まります。正規ルートへの切り替えを早急に検討することが考えられます。
これらの検討には、日本法とタイ法の両面に精通した専門家のサポートが有効です。当事務所では、提携先JTJB International Lawyersのタイ人弁護士と連携して対応いたします。
タイ外国人事業法の改正動向や、自社の進出戦略への影響について詳しく知りたい方は、お気軽にお問い合わせください。日本法とタイ法の両方の視点から、御社に最適なアドバイスを提供いたします。
本記事はタイの法制度に関する一般的な情報提供を目的としており、タイ法に基づく法的助言を構成するものではありません。具体的な案件については、タイの弁護士資格を有する専門家にご相談ください。当事務所では提携先JTJBのタイ人弁護士と連携して対応いたします。